1.はじめに
弁護士として法律相談を受けていると、相談者の方から、被相続人が、生前に、債務を残したまま亡くなった場合、その債務をどうしたらいいのかについて相談を受けることがあります。今回は、相続財産の中に債務がある場合の注意点を取り上げたいと思います。
2.相続放棄もしくは限定承認
(1) 相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継します。そのため、相続人は、相続が開始すると、被相続人のプラスの財産(積極財産)だけではなく、マイナスの財産(消極財産)である債務も相続することになります。
もっとも、消極財産が積極財産を上回る場合、これを相続人に相続させることは酷であるため、相続を放棄することが認められています。相続放棄をすると、相続放棄をした者はその相続に関し、初めから相続人にならなかったものとみなされ、この場合、債務を引き継ぐことを免れることができます。
なお、相続放棄は、家庭裁判所に対して、相続放棄を申述する方式によって行います。また、相続放棄は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3ヶ月以内に行う必要がありますので、うっかり期間を徒過してしまわないように注意する必要があります。
(2) ところで、消極財産が積極財産を上回っているとはっきりわかる場合は相続放棄をしやすいのですが、被相続人の相続財産の全体の内容が不明確で、消極財産が積極財産を上回っているのか否か不明な場合があり、相続放棄をしていいのか悩ましい場合があります。
このような場合、限定承認という手続きをとることができます。限定承認とは、相続人が、相続によって得た財産の限度においてのみ、被相続人の債務等を弁済すればいい制度であり、清算後、積極財産が残ることがあれば、それを取得することができるという制度です。
もっとも、限定承認をするにあたっては、相続人が複数人いる場合は、相続人全員が家庭裁判所に限定承認の申述する必要があります。また、相続放棄に比べると、かなり手続きが煩雑で時間もかかります。実際のところ、実務ではあまり利用されていないのが現状です。
3.相続債務を相続人が承継する場合
では、相続人が、相続放棄も限定承認もしない場合、被相続人の生前の債務はどのように扱われるのでしょうか。以下、簡単な事例で考えたいと思います。
(事例)
被相続人Xには、相続財産が3000万円、銀行借入が1200万円あります。被相続人Xには相続人長男Aと相続人二男Bがいます。
①AとBは遺産分割協議を行い、Aが1200万円の債務を引き受けることにしました。
A及びBは、このことを銀行に主張することができるのでしょうか。
②また、被相続人Xが、遺言書において、Aが債務を全て引き受ける旨定めた場合はどうでしょうか。
③さらに、遺産分割協議も遺言書もない場合はどうでしょうか。
なお、遺産分割協議書、遺言書はともに有効とします。
(結論)
①②のいずれの場合であっても、銀行が承認した場合は主張できますが、銀行が承認しない場合、A及びBは銀行に主張することはできず、銀行は、Aに対し600万円、Bに対し600万円をそれぞれ請求することができます。
③の場合は、そもそも主張できるかどうかの問題とはならず、銀行は、Aに対し600万円、Bに対し600万円をそれぞれ請求することができます。
(解説)
被相続人の債務は、相続により当然に各相続人の法定相続分に応じて承継されることになっています。この取り扱いは、これまで判例により示されていましたが、今回の相続法の改正により、民法第902条の2条本文より明確化されました。
そのため、仮に、遺言書において、債務の引受人を定めた場合であっても、あるいは、遺産分割協議書において、特定の相続人に債務を承継させる合意した場合であっても、債権者が承認しない限り、相続人は債権者に、このことを主張できません。もっとも、同条但書のとおり、債権者が承認した場合は、この限りではありません。
なお、実務では、遺産分割協議において債務の負担を決める場合には、事前に債権者と協議し、遺産分割協議の内容に承認してもらえるか確認しておきます
また、補足ですが、債権者に主張できない場合であっても、共同相続人間において遺産分割協議書、及び遺言書の内容は有効です。そのため、仮に、二男Bが銀行から請求を受けて600万円を支払った場合、二男Bは、長男Aとの間では債務の負担がないことから、長男Aに対し、600万円を求償することができます。
4.保証債務の相続について
次に、保証債務はどのような取り扱いになるのでしょうか。例えば、被相続人が、会社の代表取締役をしている場合、被相続人が、会社の銀行から借入につき連帯保証人になっている場合があります。このような場合、相続人は連帯保証人として地位を相続するのでしょうか。
債務と同様、保証債務も、相続人は、法定相続分の範囲において、保証債務を承継することになります。
もっとも、債務の相続とは異なり、保証の場合は、主債務者が債務をきちんと支払っている限り、債権者から保証人に対し、請求されるわけではありません。
そのため、被相続人が、保証人であったことに気がつかない場合もあるので、注意しましょう。
なお、全ての保証が相続によって承継されるわけではなく、保証の内容によっては、相続性が否定される場合があるので注意が必要です。
5.遺産分割調停・審判での債務の取り扱い
遺産分割調停において、相続債務をどうするかについては、相続人間で話合うことは自由にできます。もっとも、遺産分割調停において調停がまとまらず審判に移行した場合、債務は、審判の対象とはなりません。
ですので、例えば、相続財産にローン付不動産がある場合、うっかり当該不動産を審判の対象にしてしまうと、不動産は審判の対象となりますが、ローンそれ自体は審判の対象になりませんので注意が必要です。
6.最後に
今回は相続財産に債務がある場合の注意点を取り上げました。
相続財産における債務の取り扱いは、その処理を誤ると、多大な不利益を被る可能性がありますので、気になる方は一度専門家に相談されることをお勧め致します。
以上
【筆者プロフィール】
伸晄法律事務所 弁護士 岩本 貴晴(いわもと たかはる)
https://www.shinkou-law.net/
笑顔相続道正会員
昭和49年生まれ。京都所在。現在、相続問題に重点的に取り組む。
相続問題は一度紛争になってしまうと「身内だからこそ許せない」と、感情的な対立が激化し紛争が長期化する傾向にあります。また、法律的にも難しい話も多く、気が付いたら意図していなかった遺産分割になっていたということにならないよう、注意する必要があります。
当事務所では、依頼者の方のお話をよく聞き、法的問題となりそうな点に留意しつつ、事前の紛争防止から事後の紛争処理まで幅広く対応させて頂いております。
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